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11月の酉の日に、熊手を求める人でにぎわうのが酉の市です。2026年は11月7日(土)と19日(木)の2回で、三の酉はありません。
日にちの決まり方から熊手の買い方、三の酉の言い伝えまで、神社やお寺、自治体、国立天文台の情報をもとにまとめます。2026年10月時点の情報です。
酉の市2026はいつ?
酉の市の日にちは、毎年ちがいます。2026年の日程と、日にちが動く理由を先に押さえておくと、行く日を決めやすくなるはずです。
11月7日と19日の2回
2026年(令和8年)の酉の市は、11月7日(土)が一の酉、11月19日(木)が二の酉です。浅草の鷲神社の案内では、どちらの日も午前0時から午後24時まで、丸一日行われると書かれています。午前0時の一番太鼓と一緒に始まるのが、浅草の酉の市の決まりです。
前の晩には、宵宮の祭儀もあります。鷲神社の宵宮開運福寿祭は11月6日(金)と18日(水)の午後11時15分から、鷲祭特別祭儀は7日と19日の午後1時からです。参列もできますが、事前の予約がいるので、希望する人は早めに申しこんでおきましょう。各時間の15分前までに受付をすませる決まりです。
祭儀とは別に、御社殿に上がって祈願を受けることもできます。当日は受付順に随時行われ、事前の予約も受けつけていて、初穂料は5,000円からです。一家族や一団体で参列できるのは5名までとされています。神楽の奉納は、平成福運太鼓に代わって「鷲舞ひ」になりました。
各熊手店には、チャリティー用の熊手が1本ずつ用意されます。一番太鼓を合図に先着順で売られ、売上の一部は災害支援などのために台東区へ寄付されるそうです。
同じ日程は、台東区の案内や、東京の観光公式サイトにも載っています。足立区花畑の大鷲神社や、府中市の大國魂神社も、2026年は同じ7日と19日です。
7日は土曜日にあたります。10月24日には、酉の市に行きたい、熊手を買わなければ、7日の土曜日はとても混みそう、と書いた投稿があります。人の多さを避けたいなら、平日の19日を選ぶのも一つの手です。
酉の日は12日ごとにめぐってくるので、2026年の日付は次のように並びます。
11月7日 + 12日 = 11月19日
11月19日 + 12日 = 12月1日
3回目の酉の日は12月にずれこむため、2026年は二の酉までになりました。浅草の長國寺の酉の市の公式サイトでも、本年は二の酉のため、7日と19日の開催予定と案内されています。
ちなみに2025年は11月12日と24日の2回でした。同じ12日おきの数え方で先を見ると、2027年は11月2日、14日、26日の3回になる並びです。ただし、正式な日程は、各神社やお寺の発表を待ってから決めましょう。
「酉の日」は12日ごとにめぐる
酉の日の「酉」は、子・丑・寅と続く十二支の10番目です。国立天文台の暦Wikiによると、十二支は方角や時刻にもあてはめられ、酉は西の方角、時刻では17時から19時ごろです。音読みはユウで、東の卯と西の酉を結ぶ線は卯酉線と呼ばれます。
十二支は、年だけでなく日にもふられているものです。暦Wikiの干支のページでは、甲や乙などの十干と十二支を組み合わせた干支が、殷の時代の甲骨文で日付に使われていたことや、明治の改暦のときにも、暦に日の干支を載せるよう達しが出されたことが紹介されています。年に使う干支は、木星の位置で年を表した方法が、単純に干支を並べる形に変わったものだそうです。日の十二支は1日ずつ順にずれていき、12日で一回りします。日の干支は、暦では日付の次に書かれ、暦注に分類されます。だから、酉の日は12日おきにやってくるわけです。
11月は30日あるので、酉の日は2回か3回です。長國寺の酉の市Q&Aでは、最初の酉の日が11月の初めに来れば3回、10日ごろになれば2回になると説明されています。最初を「一の酉」または「初酉」、2回目を「二の酉」、3回目を「三の酉」と呼ぶのが習わしです。
一の酉の日付から、三の酉があるかどうかを見分けることもできます。11月30日までに3回目が入るには、一の酉が6日までに来なければなりません。
一の酉 + 24日 ≦ 30日 → 一の酉は6日まで
鷲神社の豆知識には、平成20年の酉の市が11月5日、17日、29日の三の酉まであったと書かれています。一の酉が5日なので、この見分け方とも合います。
酉の日を詳しく知りたいときは、国立天文台の「干支から探す日本の暦日」も便利です。日の干支には乙酉、丁酉、己酉、辛酉、癸酉の5つの酉があり、2026年11月7日は乙酉、19日は丁酉の日です。十干と十二支の組み合わせが60で一回りすることから、生まれ年と同じ年回りになる満60歳の節目を還暦と呼ぶことも、長國寺のQ&Aは添えています。
干支が60通りで一回りするしくみは、このサイトの六十干支の記事で取り上げています。カレンダーに書かれた大安や仏滅の決まり方は、六曜の記事が参考になるでしょう。
酉の市はどこで始まった?
酉の市の始まりには、神社とお寺のそれぞれに言い伝えが残っています。浅草の鷲神社と長國寺、そして足立区花畑の大鷲神社の順に見ていきましょう。
日本武尊の熊手と鷲神社
鷲神社の御由緒によると、鷲神社は天日鷲命と日本武尊をまつる神社です。天照大御神が天の岩戸にかくれたとき、岩戸の前で楽器の弦をつかさどった神様がいて、岩戸が開いたときにその弦の先に鷲がとまったことから、鷲の一字を入れて天日鷲命と呼ばれるようになったと伝わります。
のちに日本武尊が東の国を平らげに向かう途中、この社に立ち寄って戦勝を祈りました。帰り道に、社の前の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦を祝い、お礼参りをしたのが11月の酉の日だったといいます。この日を例祭日と定めたのが、酉の市の始まりとされています。
もともとは「酉の祭(とりのまち)」と呼ばれた神祭の日でした。祭に市が立つようになり、しだいに「市」の字があてられていったそうです。江戸時代の鷲神社は「鳥の社」や「御鳥」と呼ばれ、今も「おとりさま」として親しまれています。酉の市は、御神恩に感謝して、来る年の開運や授福、除災、商売繁盛を祈るお祭だと御由緒は説明しています。
江戸の年中行事を記した「東都歳時記」には、天保3年(1832年)よりおよそ60年あまり前からにぎわっていた、とあるそうです。御由緒では、宝暦から明和のころ(1750〜60年代)には、すでに相当なにぎわいだったと読みとれると書かれています。
酉の市は、俳句や文学にもくり返し登場してきました。其角の「春を待つ ことのはじめや 酉の市」は、11月に入って最初の市立てに、正月が近づく気分を詠んだ句とされています。樋口一葉の「たけくらべ」にも、三の酉まであった年の鷲神社のにぎわいが描かれ、酉の市は冬の季語にもなりました。「人並に押されてくるや酉の市」(虚子)、「雑閙や熊手押あふ酉の市」(子規)などの句のほか、広津柳浪の「今戸心中」や久保田万太郎の「三の酉」にも登場します。
10月25日には、再来週には酉の市で会社に大きな熊手が来る、そうしたらもう正月が来たようなものだ、と書いた投稿もあります。酉の市を年の瀬の入口と感じる気分は、其角の句のころから続いているのかもしれません。
御由緒によると、鷲神社の例祭は、大正12年の関東大震災の年も、戦時中や終戦の年も行われ、一度も取りやめた年はないそうです。
長國寺の出開帳と花畑の大鷲神社
となりの長國寺にも、酉の市の始まりが伝わっています。長國寺の開山の解説によると、長國寺は寛永7年(1630年)に鳥越町で開かれ、寛文9年(1669年)に今の台東区千束へ移りました。
開山のころから、11月の酉の日には、千葉の大本山鷲山寺の鎮守である鷲妙見大菩薩の出開帳が行われていました。多くの参詣者が集まって門前に市が立つようになり、これが浅草の酉の市の発端になったといいます。鷲妙見大菩薩は明和8年(1771年)に長國寺へ迎えられ、そのころから酉の市はいっそうにぎわいを増しました。「東都歳事記」にも、明和8年から長國寺の酉の市がにぎわったことが記されているそうです。
明治の初めの神仏分離令で、境内はお寺と鷲神社とに分けられました。今も鷲妙見大菩薩は長國寺に安置され、11月の酉の日にはご開帳の法要が営まれています。浅草では、となり合う長國寺と鷲神社の両方で酉の市が行われるのは、こうした歴史があるからです。
一方、足立区花畑の大鷲神社も、古い酉の市として知られています。大鷲神社の祭事の案内によると、応永年間(1394〜1428年)から、日本武尊の命日とされる11月の酉の日に、神恩に感謝する祭が行われるようになりました。人が集まって門前に市が開かれ、農具などが売られたのが、のちの酉の市の起こりと言われています。
古い時代の花畑の酉の市では、御祭神の好物とされる鶏が生きたまま奉納され、翌日に浅草観音へ納められました。氏子は鶏を神様のめしあがるものとして、自分たちが食べることを禁じ、この風習は昭和20年ごろまで続いたそうです。江戸時代の中ごろまでは、花畑の酉の市だけ博打が認められ、人出のあまりの多さに千住大橋が下がるほどだったと伝わります。足立区立郷土博物館の解説では、江戸から花畑までは約16kmで、ちょうど一日で往復できる近郊の行楽地だったと紹介されています。
鷲神社の豆知識によると、江戸時代には花畑の大鷲神社を「上酉」、千住の勝専寺を「中酉」、浅草の鷲神社を「下酉」と呼び、この3か所で酉の市が開かれていました。明治になって勝専寺の酉の市が閉じられたため、江戸時代から続く酉の市は、花畑と浅草の2か所になったと書かれています。
2026年はどこへ行く?
酉の市は、東京だけでも10数か所で開かれています。ここでは、浅草、花畑、府中の3か所について、2026年の時間と行き方をまとめます。
浅草は0時から24時まで
浅草の酉の市は、鷲神社と長國寺の両方で行われます。鷲神社の豆知識によると、熊手店は約150店、露店は約750店、人出は毎年70万人から80万人と、規模もにぎわいも日本一だとしています。浅草の東側にあった新吉原が酉の市の日に開放されたといわれ、その地の利もあって、いちばん有名な酉の市になったそうです。
鷲神社では、午前0時の一番太鼓と同時に、熊手御守を最初に受けた人に「一番札」がわたされます。一番福は3本限定で、24金の純金小判の根付と交換できる決まりです。どこの御札場から出るかは、ひみつとされています。
長國寺の酉の市Q&Aによると、露店は酉の日の前の晩の19時ごろから一部が開き、酉の日の翌日の深夜2時ごろまで、多くの店が出ています。縁起熊手は、前の晩の21時ごろから売り始める店もあり、翌日の深夜1時30分ごろまで買えるそうです。ただし、早朝3時から9時ごろは、対応しない熊手店もあるそうです。
長國寺のお守り受所は、酉の日の0時から24時まで開いています。ただし、深夜2時から朝9時までは閉まるので注意が必要です。特別な申しこみはいらず、人への贈り物の分もいくつでも受けられます。雨や雪でも、身の危険がある悪天候や大きな災害でなければ、酉の市は開かれるそうです。
行き方は、台東区の案内によると、東京メトロ日比谷線の入谷駅から歩いて9分、三ノ輪駅から10分、つくばエクスプレスの浅草駅から11分です。銀座線などの浅草駅からは23分かかります。鷲神社には酉の市の日の駐車場がないため、電車やバスで向かうのが安心でしょう。
境内では、熊手のほかに昔ながらの縁起物も売られています。豆知識によると、八頭という大きな芋は、古くから「頭の芋」とも呼ばれ、人の頭に立つように出世できる、子宝に恵まれるという縁起物です。山椒の粉を加えた餅菓子の「切山椒」も、昔から名物として商われてきました。山椒は日本最古の香辛料とされ、切山椒は上新粉に砂糖と山椒の粉を加えて搗き、短冊形に切ったもので、境内では鳥居をくぐってすぐ右手の1軒が商っています。かつては、粟と餅米を半分ずつ搗いた黄色い粟餅が、小判に似た色から「黄金餅」として売られていたそうです。
花畑と府中の酉の市
足立区花畑の大鷲神社は、神社のお知らせによると、2026年も11月7日(土)と19日(木)に酉の市が開かれます。浅草とちがって開門は5時から24時ごろまでで、深夜は閉門するので注意しましょう。同じ足立区内では、島根の鷲神社(わしじんじゃ)でも酉の市が行われます。
酉の市の当日は臨時駐車場が設けられ、神社との間をシャトルバスが9時から21時まで結びます。社務所の問い合わせは8時30分から18時までです。11月は七五三詣の季節でもあり、酉の市の日は祈祷にたいへん時間がかかるそうです。11月18日(水)は例祭のため、10時から13時まで祈祷が受けられません。
花畑の酉の市では、お札と稲穂がついた「かっこめ」という熊手が授与されています。運をかきこむように熊手の形をしているとか、社名にちなんで幸運を「鷲づかみ」にする鷲の足がもとになっているとか、形の由来には説がいくつかあるそうです。かっこめや開運扇は、お札所で受けられます。大鷲神社では、12年に一度の酉年に式年大祭として神輿の渡御も行われ、大正10年から酉年ごとの周期になりました。
府中市の大國魂神社でも、大鷲神社の例祭として酉の市が開かれます。大國魂神社では、毎日のお祭りを含めると、年に400近いお祭りが行われているそうです。大國魂神社のお知らせによると、2026年は一の酉が11月7日(土)、二の酉が11月19日(木)です。府中市の案内では、参道に熊手を売る威勢のいい声が響く、と紹介されています。
大國魂神社は、京王線の府中駅からも、JR武蔵野線と南武線の府中本町駅からも歩いて5分です。神社のお祭りの一覧を見ると、11月15日には七五三詣、23日には新嘗祭と、酉の市の前後にも行事が続きます。
10月24日には、今年の一の酉は週末だから混むかしら、と考えながら、大國魂神社の熊手の鶴が片手を上げているように見えてちょっと親しみやすい、と書いた投稿があります。熊手の飾りを一つずつ見比べるのも、酉の市の楽しみ方の一つです。
浅草以外の酉の市では、開く時間や熊手納めのやり方が会場ごとにちがいます。行く前に、それぞれの神社のお知らせを見ておくと安心です。
熊手はどう買う?
酉の市の熊手には、神社やお寺で受ける「お守り」の熊手と、熊手店で買う縁起熊手があります。2つのちがいと、昔ながらの買い方を見ていきます。
かっこめと縁起熊手のちがい
鷲神社の御由緒によると、鷲神社の熊手御守は、開運と商売繁盛のお守りとして酉の市の日だけに授与されます。「かっこめ」「はっこめ」と呼ばれ、神様の御分霊とされるものです。長國寺のお守りの案内では、かっこめ熊手守りは、小さな竹の熊手にたわわに実る稲穂をつけたお守りで、福を「かっこむ」という江戸っ子らしいしゃれがきいていると説明されています。江戸時代には、髪や襟首にさすと強運に恵まれるといわれ、絵にも描かれました。
長國寺のお守りの授与料は、2026年の一の酉から一部が改められました。費用の高騰が理由だそうです。案内に載っている主なものは次のとおりです。
| お守り | 授与料 |
|---|---|
| かっこめ熊手守り | 1,200円 |
| 開運大熊手守り | 3,000円 |
| 金運大熊手守り | 3,500円 |
| 鷲妙見かっこめ守り(限定) | 1,800円 |
| 開運置型熊手 | 1,800円 |
| 金運かっこめ守り | 1,400円 |
長國寺には、小さな絵馬に希望校と名前を自分で書き、麻ひもを通して結ぶことで、試験に通り実を結ぶというお守りもあります。
縁起熊手は、境内を中心に約150店ある熊手店で売られています。御由緒によると、江戸中期から天保の初めごろまでは、柄の長い実用の熊手に、おかめの面と四手をつけたものでした。その後、さまざまな縁起物をつけるようになり、今では宝船、平、桧扇、文化、みの、御所車など、多くの種類があります。毎年、流行を取り入れた熊手も話題になるそうです。
鷲神社の豆知識では、値段は小さいもので1,000円から、大きなものでは何十万円もするものがあり、売れ筋は2万円から5万円くらいらしい、と紹介されています。同じ大きさでも、飾りの種類や数で値段が変わるそうです。まずは境内をぐるりと一回りして、いちばん気に入った熊手を見つけるのがおすすめとされています。神社にお参りしたら、まず神社の熊手御守を受け、そのあと縁起熊手を求めて、家や神棚にまつるのが一般的だそうです。鴨居などに掲げるものだけでなく、置物の熊手もあります。
最初は小さなものから始めて、会社や家の繁栄に合わせて、少しずつ大きくしていくともいわれます。10月24日に見られるのは、熊手は一度買うと、どんどん大きくし続けなければいけないしくみだったか、と首をかしげる投稿です。豆知識の書き方は「といわれています」で、決まりではありません。今は商売をしていない人も、恋愛成就や家内安全、健康など、いろいろな願いをこめて熊手を求めているそうです。
値切りとご祝儀と手締め
鷲神社の豆知識には、江戸時代から続く「粋な熊手の買い方」が紹介されています。まずデザインと予算を決め、気に入った熊手を見つけたら、熊手店との商談の始まりです。どれだけ値切れるかは腕しだい、とまで書かれています。
ところが、昔は値切った分を「ご祝儀」として店に置いてくるのが、粋な買い方とされていました。結局は店の言い値で買ったことになりますが、客はご祝儀を出してちょっとした大名気分を味わい、店はご祝儀をもらってより儲かった気分を味わったのです。商いが決まると、成立を意味する手締めを行い、家や会社の弥栄を祈ります。
たとえば、3万円と言われた熊手を2万5千円にまけてもらい、3万円をわたす場合の計算は次のとおりです。
ご祝儀 = 30,000円 − 25,000円 = 5,000円
長國寺の酉の市Q&Aでも、熊手店へのご祝儀はあくまで慣習で、決まりではないと書かれています。今は、大きさや飾りの数などに合わせた店ごとの目安で値段を伝えるところもあり、なじみになると店のほうから値段を出してくるそうです。熊手の売り買いは、ケースバイケースということになります。
Q&Aによると、ご祝儀には本来、まけてくれた心意気への感謝と、来年の福をとりこむ熊手を求められた喜び、そして熊手店もよい年になるようにという応援の意味があるそうです。値段のやりとりで聞ける熊手店の口上も、酉の市ならではの楽しみといえます。
熊手店とのつきあいが長くなると、自分の家や店に合わせた熊手が用意されることもあるようです。10月27日には、ネコを飼っている店主のために、それを知る鳶の人たちが酉の市でネコの特製熊手を作って待っているので、買わないわけにいかない、という話を紹介する投稿があります。
手締めは、熊手店の人と客がいっしょに手を打つ、酉の市らしい場面です。鷲神社の豆知識は、こうしたやりとりを十分に楽しんでほしい、と結んでいます。初めての人は、値切りにこだわらず、店の人と話しながら選ぶだけでも雰囲気を味わえるでしょう。
鷲神社のなでおかめも、酉の市の期間中は社務所入り口の前に移されます。豆知識によると、鼻をなでれば金運、向かって右の頬なら恋愛成就にご利益があると伝わるそうです。
飾り方と三の酉の言い伝えは?
熊手を買ったあとは、どこに飾り、古い熊手をどうするかが気になるところです。あわせて、三の酉の年にまつわる言い伝えも見ておきましょう。
熊手の飾り方と古い熊手の納め方
鷲神社の熊手や御守の祀り方の案内によると、新しく受けたお札や熊手は、暮れの28日に神棚などにまつるとよいそうです。熊手を納めて新しく買い替える場合は、すぐに飾ってもかまわないと書かれています。
まつる向きは、なるべく高いところで、北を背にした南向きか東向きがいちばんよいとされています。適当な場所がなければ、北向きだけを避ければよいそうです。神棚には毎朝、米や塩、水などを供え、二拝、二拍手、一拝で拝礼します。御神酒や季節の初物、お土産などはその都度供え、あとでいただきます。神棚には、伊勢神宮の神宮大麻と氏神さまの御札、崇敬する神社の御札をあわせてまつるのが基本です。
長國寺の酉の市Q&Aでは、熊手を飾る場所として、まず玄関があげられています。福をとりこみやすいように入り口に向けて、少し高いところに飾るのがよいそうです。ほかの部屋なら、熊手の正面を南や東、西などに向けて、少し高いところに飾るのが目安です。お寺や神社で受けた熊手守りなら、神棚や仏壇にまつるのもよいとされています。
どれにもあてはまらないときは、飾ってみていちばん収まりのよい場所に、やや高く飾ればよいとも書かれています。決まりにしばられすぎず、毎日目に入るところを選ぶのもよいでしょう。
古い熊手は、新しい熊手を求めに行くときに持っていきます。浅草の酉の市では、長國寺と鷲神社の入り口に熊手の納め所があり、長國寺では、納められた熊手を時間ごとに浄めているそうです。一年間、福をかっこんでくれた熊手に感謝をこめて納めましょう。
酉の市の日に納められなかったときは、ごく小さなものなら、近くの寺社で大みそかや初参りにお焚き上げをしていれば、お賽銭を添えて納めるとよいそうです。大きなものは、感謝をしたあと、住んでいる地域の分別のルールに合わせて分解して処分してほしい、とQ&Aにあります。
鷲神社の祀り方の案内では、1年間守ってもらった古いお札や熊手は、お焚き上げ料を添えて、受けた神社やお寺に納めるよう書かれています。初詣や旅行先で受けた御札も、その都度神棚にまつるとよいそうです。浅草以外の酉の市に行く場合は、熊手納めのやり方を、それぞれの開催者にたずねておくと安心です。
「三の酉の年は火事が多い」の由来
三の酉がある年は火事が多い、という言い伝えがあります。鷲神社の御由緒では、地方などで、宵に鳴かない鶏が鳴くと「火事が出る」といわれたことから出た俗信だと説明されています。鶏は神の使いとされ、時を知るために飼われていました。三の酉のころになると寒さが増し、火を使う機会も増えるので、火への戒めからいわれたのだろう、としています。
鷲神社の豆知識では、ほかにもいくつかの説が紹介されています。空気が乾く寒い時期に火の用心を呼びかけたという説や、酉の市にかこつけて吉原へ出かけようとする男たちを足止めするため、妻たちが「三の酉の年は火事が多いから、夜遊びはほどほどに」と広めたという説です。由来はよくわかっていないのが事実だ、とも書かれています。
豆知識が深い関係を指摘しているのが、明暦3年(1657年)1月18日の「明暦の大火」です。その前年、明暦2年の11月から翌年の1月にかけて、江戸の町は80日近くも雨が降らず、乾いた日が続いていました。ちょうどその年の酉の市が三の酉だったそうです。「武江年表」には、焼死者は10万7,046人と記されています。
この大火の年と三の酉の年が重なったことから、人々は酉の市が3回ある年に、火の用心をいっそう心がけるようになったと考えられています。浅草では、三の酉まである年は吉原に異変がある、とも言い伝えられてきました。明治の『風俗画報』には、三度市が立った年でも別に変わったことはなかった、と書かれているそうです。
長國寺では、三の酉の日だけ「火除守り」が特別に授与されています。2026年は三の酉がないため、この守りが出る年ではありません。
長國寺の酉の市Q&Aでも、三の酉の年には火事や吉原に異変が起こると昔からいわれ、その理由には諸説があると書かれています。言い伝えはあくまで俗信です。12月は空気が乾き、暖房などで火を使う機会も増えるので、三の酉があってもなくても、火の元には気をつけて過ごしましょう。
鷲神社の豆知識は、何の酉にお参りしても御利益は変わらない、としています。初めは一の酉だけだったものが、江戸の中ごろからにぎわいを増し、二の酉、三の酉まで行われるようになったそうです。
まとめ
押さえておきたい5つのポイントです。
- 2026年は11月7日(土)の一の酉と19日(木)の二の酉の2回で、酉の日が12日ごとにめぐるため、三の酉はありません。
- 酉の市は、日本武尊が熊手をかけて勝ち戦を祝った鷲神社の例祭や、長國寺の出開帳、花畑の大鷲神社の祭から始まったと伝わります。
- 浅草は0時から24時まで、花畑は5時から24時ごろまでで、府中の大國魂神社も同じ日に開かれます。
- 熊手には神社やお寺のかっこめと熊手店の縁起熊手があり、値切った分をご祝儀として置いてくるのが粋な買い方とされています。
- 熊手は高いところに南か東向きで飾り、古い熊手は納め所に納めます。三の酉と火事の言い伝えは俗信で、由来には説がいくつかあります。